楽しい場所にこそ
人は集まる
鬼頭直樹代表は現在35歳。10年前に東京から地元に戻り、教育業界未経験で個別指導塾新規開校の教室長募集に手を挙げた。「公務員試験の勉強と両立するつもりが、教育の仕事がすごく面白くなってしまって」。
とはいえ、子どもが好きなわけでもなく、勉強もそれほど得意ではなかった。無類の運動好きで高校・大学はスポーツ推薦入学。「地元の人に驚かれます。まさか私が勉強を教えるなんて、自分でも思ってなかった」と快活に笑う。塾業界のどんな魅力が、当時25歳の体育会系青年の心を捉えたのか。
「人の成長を見るのが好きなんです。生徒はもちろん講師、保護者の方々が困っていたり、何かを成し遂げたい目標があるなら、全力で応援したい」
春期開校した教室は最高183名の生徒が集まった。成功の要因を尋ねると、「人が好き」と言う鬼頭代表らしい分析が返ってくる。
「講師の仲が良いのが一番ですし、先生と生徒のワイワイ楽しそうな雰囲気に、さらに人が集まる」
夏期講習のチラシの見出しはこう始まる。『楽しいから続けられる! 笑顔になれるからやる気になる!』。「勉強は嫌いでも、塾は楽しい、先生と話すのは楽しい、元気になれるし笑顔になれる。塾はそういう場所であってほしい」と語る。
28歳で独立、株式会社create inkを設立した。別の個別指導塾のFC展開の立ち上げに加わり、8教室を経営、手腕を磨く。転機は2012年春。ある事件をキッカケに本部が機能不全に陥り、鬼頭代表は自身の8教室と、統合に賛同した8教室を率いて「あおい学院」を創設。32歳で完全なる「オーナー」となった。
●運営のポイント
自分の仕事・性分に合う考え方、変わらずにいられる在り方を「企業理念」に据える
自らをさらけ出して
居心地の良い仕事場を創る
あおい学院・AOIアカデミーは現在、直営4校とFC8校。FCのロイヤリティーは1校舎・月3万円、解約の違約金はなし、相談には乗るが、本部は経営指導や講師研修を行わない。募集チラシも本部がデザインを提供するが、自分たちで作ってもかまわない。ただ情報提供は、とことんオープンなのが鬼頭スタイル。直営教室2校の教室長としての行動やスケジュール、手紙類や教材プリントなど、業務に関する情報・資料のほぼすべてをサイボウズのグループウェア上で公開しており、ダウンロードして自由に活用できる。授業料も「○○○円〜」の表記が嫌い、と値段を明記する。
今春3人の社員が独立、彼らが教室長を務めていた3校舎を直営からFCへ、月5%のロイヤリティーで暖簾分けした。この10年の間に鬼頭代表は「どんな教室にしたいのか、社員をどう育てるのか」とせめぎ合う中、「人員整理」という大きな決断を下している。経営に専念し、拡大展開していた頃、180人集めた校舎の生徒数が半分に激減した。
「私が社員のモチベーション管理をしていなかったのが原因。社員旅行など月1回のお楽しみイベントも社員数が増えるにつれて減り、誘っても断る社員が半数近くも出てくるのはツライですよ。独立する社員がいる一方、中堅チームはサラリーマン化していました」
鬼頭代表はまず自ら変化を、社員を前に「現場に戻る」宣言をした。
「君たちはどうするんだ? これから君たちの現場の仕事は全部見えるぞ。イチからやり直したいなら一緒にやろう。でなければ辞めてもかまわない」。社員数は半分になった。
「昨日も全員で社員旅行のプレゼンをして、行き先を投票で決めたり、遊んでます(笑)。そういう連中だけが会社に残りました」
●経営のポイント
本部からの制約が少ない、オーナーの自主性を尊重するFC展開
代表と社員が同じ想いでつながれる社員数・企業規模を見極める
他塾と差別化できるのは
地元に根ざす教室長の魅力
社員の多くは20代半ばで経験も少ない。「みんなと同じ立場でいてあげたい。私自身も2校の『いち教室長』として苦しむときもあれば、同じように失敗をし、クレームをいただき対処する。『社長も頑張っているんだな』と思ってもらえれば」。
講師採用のポイントは「来るもの拒まず」と鬼頭代表らしい。「いろんなキャラクターがいて、『個性が強い先生がいるね』と生徒が言ったら、多分そこは良い教室。個性=自分の素を発揮して仕事するのが一番です」。社員採用では、独立意識が高くても未経験者をいきなり教室長にはしない。「1年以上は私と仕事をして、塾の仕事を学び、悩んでほしい」。
鬼頭代表は、個別指導塾業界の、雇われ教室長が頻繁に入れ替わる風潮に警鐘を鳴らす。
「教室展開をするのもひとつの考え方ですが、私自身は広げてみて『ちょっと違うな』と思った。塾をやるなら『職人』であってほしいと思います。塾は『地元ビジネス』。地域に根差して『あの地域なら○○先生がいるよ』と言われる塾にしていかないと。実は個別指導塾って差別化できるものは何もない。選ばれる要素は、結局その教室にいる『人』でしかない。教室長をはじめ『楽しい塾』と胸を張れる楽しい人たちがどれだけいるかということだけ」。
取材場所のAOIアカデミーの教室長は、鬼頭代表の教え子だ。「地元で塾をやりたい」という夢を、鬼頭代表が後押しした。独立した社員たちには生徒数を増やしてあげたい。「『自分で集めた! やったぜ!』という気持ちを味あわせてあげたい。そうすれば売り上げは勝手についてきます。まだまだ先は長い。これから、ですよ」。
●運営のポイント
塾は「地元ビジネス」。地域に根ざして長年信頼され続ける源は、教室長はじめ、その教室にいる「人」たち自身の魅力につきる
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