オーケストラの
指揮者と団員
JR倉敷駅から水島臨海鉄道で30分。水島駅に到着すると、柚木進学ゼミの柚木真澄さんが出迎えてくれた。1年で休日はたったの5〜6日という柚木さんの貴重な時間をいただき、頭が下がる。車で走ること数分、のどかな田園地帯にオシャレな洋館が目を引くと、そこが教室。
生徒は地元を中心に、広範な地域から通ってくる。中には、車で1時間かけてくる生徒も。「電話帳に載せてないし、チラシもつくったことがない。紹介と口コミだけが頼り」と柚木さんは言う。
小3〜高3まで柚木さん1人でする一斉授業を基本に、高2以降はレベルに応じた映像授業も導入している。1階、2階と教室があり、小学高学年と中学生は常時満席。
授業に参加している一体感を大切にするため、小学生にはフラッシュカードや英語の発生練習、中学生にも英語の本文の音読を取り入れている。また、全員に答える機会をつくることも忘れない。柚木さんは授業をしながら、生徒に次々質問をしていく。リズム感のある授業が生徒をぐいぐい引き込んでいく。途中、生徒の1人が筆箱を落とす。が、誰も振り返らない。落とした生徒が静かに拾って、授業の空気は乱れない。それほど集中させる授業が行われている。
定期テスト前や入試対策のときには、1階、2階の教室を同時に使うこともある。生徒はそのような状況でも、静かに自分のするべきことに集中して取り組んでいる。たとえ先生が他の階に行っても、先生のいない教室の空気は緩むことがない。この塾ではこれが当たり前なのだ。
普段の授業では、先生が教室に入ってくると、生徒が視線を柚木さんに集中させる。その様を「オーケストラの指揮者に注目する団員のよう」と評するのは、柚木さんの奥様。「言い得て妙」と柚木さんも認めるところだ。
●指導のポイント
@一斉授業の醍醐味は一体感。リズミカルな進行で生徒をひきつけ、集中できる空気を生み出す。
A一斉授業を基本形とし、多様な指導が求められる高校生には映像授業も活用する。
1人ではできない?
1人だからできた!
柚木進学ゼミの名物は、緊張感あふれる授業だけではない。毎年恒例の高校進学説明会にも、個人塾とは思えぬ力量を見せる。地元ホールを借りて開かれる説明会には、毎年200人ほどの親子が集まる。柚木さんが公・私立校を丹念に回って収集した情報はもちろん、塾の観点を加味した説明資料が配布されるからだ。情報の伝え方にも、労を惜しまぬこだわりが見て取れるのである。説明資料には、@公立入試の教科・単元別出題傾向の一覧表 A普通科、商業科、工業科それぞれの併願パターン(進学後トップクラスをねらうタイプ、ギリギリでも志望校に進学したいタイプ別など)B私立高校の特待制度一覧 C世帯別就学支援金一覧 D高校別合格者偏差値分布データなど、プロの分析が最大限生かされた情報が詰まっている。
こうした付加価値部分からも、徹底したポリシーが伝わってきて、休日がないのもうなずける。1人くらい講師を雇えばいいのに。そう思う向きもあるかもしれないが、1人だからこそ、自分のスタイルを守ってこられたと柚木さんは言う。
実は数年前、人を雇うかどうか悩んだ時期があった。周囲の塾長に相談したが、結局、1人でやることを選んだという。理由は「運営方針の微妙さ」にこだわりたかったから。自分以外の人の授業を見て、「ちょっと違うな」と感じたとき、それを伝えるのは自分の性格では難しいと思ったと話す。伝えられなければ、間違いなくストレスになる。精神的な疲れを抱え込むくらいなら、体力的な疲れを選択しようと結論を出したのだ。
その代わり、テストの採点や資料づくりを補助してくれる裏方を増やした。結局、それがうまくいった。自分の性格を見極め、譲れない部分と任せられる部分を分けたことで、多忙だが、納得のいく仕事を続けている。
同じようなジレンマを持つ塾長は、柚木さんのように仕事を分類してみるのもひとつの方法だろう。ただし、1人で頑張るにしても、アイデアやヒントをくれる人脈は必要。他塾との連携や話し合いで、乗り越えられる壁は少なくない。この関係を築くことを柚木さんは「引き出しを増やす」と表現した。引き出しの中には、全国の先生方のアイデアや専門知識を持った仲間がつまっている。
●経営のポイント
@個人塾ではポリシーの貫徹が最も効率的な経営への近道。ストレス対策に時間を割かれることがないという意味で。
A進学・入試情報には独自の視点を加味して、求められる情報に加工する。
アンチ楽志向
というニーズ
柚木進学ゼミの名物は他にもあるが、夏のキャンプは50〜60人が参加する「売り切れ御免・赤字覚悟」のイベントだ。キャンプ用具はすべて自前で、箸一膳からテント一式まで、すべて生徒が運搬、組み立て、片付けをすることをモットーとしている。昨年は「和紙の紙すき体験」、その和紙を使って「うちわ作り」、「天体望遠鏡作り」「星空観測」、「魚のつかみ取り」「火おこし」「まがたま作り」など、多くの行事でここでしか体験できないことをしている。もちろん、食事もできあいの材料で作るのではなく、タマネギの皮むきから始まって、まきで火をおこし、食事を作るという全面体験型キャンプを決行している。学校の体験旅行に勝るとも劣らない力の入れようである。
さすがにこの時だけは塾長1人ではどうにもならず、卒塾生が応援に駆けつけてくるという。しんどいキャンプにもかかわらず、毎年好評で、申し込み開始の日には、朝5時すぎから塾舎の前に行列ができたこともある。なぜ、イベントひとつまでもが、それほど子どもたちを引きつけるのだろう。
その答えは「すべてにおいて、楽をすることが嫌いな人なんです」という奥様の言葉に込められている。それが本物なら、価値あるものなら、むしろ、楽ではないものにこそ、子どもも保護者も引かれるのではないだろうか。 |