2001年度の塾業界にどんな変化が起きたのかを考える前に、その前提として現在の塾業界の全体像を一瞥しておくことにする。
まず、塾の数であるが、最新の総務省統計局「平成13年事業所・企業統計調査」によれば01年10月1日現在で、全国には5万1120カ所の「学習塾を主業とする事業所」があると報告されている(表1)。同省では5年おきあるいは3年おきに全国全産業の実態を調べる「事業所・企業統計調査」を実施してきた。この調査で「学習塾を主業とする事業所」が初めて取り上げられたのは1981年のことで、全国の事業所数は1万8683カ所であった。それが86年3万4367カ所、91年4万5856カ所、96年4万9586カ所と増えてきて、99年に4万8656カ所と初めて減少、塾ももはやこれまでかという印象を与えたが、01年には再び2476カ所の増加をみた(図1)。この不況下、一度減少に向かいながら一転増加に転じ、おそらくは現在でも増加し続けている塾という産業の底力には驚嘆させられるが、それはさておき「事業所」という場合は分教場を含んでの数で、われわれが普通言う「事業体」としての塾のことではない。
では、単独もしくは複数の事業所を経営している「事業体としての塾」は全国に一体、いくつあるのか。
同調査をもとに算出された数字を示しておくと、全国には「学習塾を主業とする企業」が4286社あり、「学習塾を主業とする個人業主」が3万4740人いる。つまり総合すると01年10月1日現在、全国には3万9026の「事業体としての塾」があったことになる。あったことがあると書いたのは、この調査からすでに2年も経っており、現時点では多少なりとも数が変わっていると推察されるからである。ちなみに同調査の1999年版では企業が4497社、個人業主が3万3787人の合計3万8284塾であった。01年までの2年間で企業塾は211社減り、個人塾は953塾増えているわけである。もしこの傾向がそのまま続いているとすると、現時点では全国に4千強の企業塾、3万6千弱の個人塾、合計では約4万の塾があるとみて間違いない。ここでは一応事業体としての塾数を4万、分教場をも含めた教場数を5万2千ととらえておくことにしよう。
次にこの4万の塾が経済活動を行っている全国の塾市場の規模である。これについては(株)矢野経済研究所が毎年市場規模を算定しているので引用させていただくことにする。同研究所が昨年9月に発行した「教育産業白書2002年版」によると、塾の市場規模は96年度まで急激に増加していたが、同年度の1兆53億円をピークに減少を始め、00年度には9215億円まで落ち込んだ。だが、翌01度年には再び増加に転じ、02年度さらに増加して9726億円(予測値)にまで回復してきているという(図2)。
ここで注目しておきたいのは、市場が回復してきたということもさることながら、なにゆえに市場規模が回復してきたのかというその理由である。市場規模が増えたということは、顧客対象の人口が増えたか、通塾率が上がったか、顧客1人当たりの単価が上がったかのどれかか、あるいはその組み合わせないし全部のいずれかにほかならない。
では、今回の場合はそのどれなのか。表2、図(3)はここ10年数年のわが国の小中高校生の数を示したものだが、すぐにわかるように対象人口は増加どころか減少の一途をたどっている。従ってこれは理由にはなりえない。また表(3)、図(4)は、長野県教育委員会が県内の児童生徒を対象に毎年5月1日に実施している通塾率調査の結果を示したものだが
、ご覧のように通塾率も高校生を除いて96年、97年をピークに減少するばかりで01年、02年に回復した形跡は示していない。ということは、通塾率も理由にはなり得ず、結局、市場規模回復の主要な要因は1人当たり客単価の上昇と考えるよりほかなくなることになる。
このことは実は塾業界にとってかなり重要な意味を含んでいる。というのも、それはすなわち塾の顧客が低料金を支払う不特定多数の一般庶民層から、大げさに言えばいくらでもお金を出すある水準以上の特定の集団に移りつつある、それも従前よりも市場規模を大きくするほどの勢いで、ということを物語っているとも思われるからである。
先に02年の小中学校への新教育課程の導入について触れたが、ここに至るまでの一連の1990年代以降の教育改革――初等中等教育改革と大学改革――には「一律平等的教育施策からの脱却」と「特定エリートの育成」という一貫した方向があったと言われている。 そうした見方によれば、少なくとも80年代までのわが国の公教育は、かなり高い教育水準に達した国民を一律に、大量に輩出することを目標にしていた。それを、大方の水準が多少低下する犠牲を払ってでも一部、とくに理数系の一部を超世界最高水準にまで引き上げることを目標とする教育に変えるのが改革の目的であり、その証拠が一方における一般初中等教育レベルでの指導内容の削減と指導時間の削減、他方における中等教育学校、公立中高一貫校、スーパーサイエンスハイスクール、飛び入学、21世紀COEプログラム大学院の設置だというのである。あながち誤まった見方ではあるまい。
それでは公教育がこうした方向で定着すれば、塾はどうなるのか。結果として招来するのはおそらくは顧客層の変質であろう。なんとなれば、そこで行われる児童生徒間の進学競争は、数少ない「超世界最高水準」コースへエントリーする資格を与えてくれる学校への早期からの入学競争であり、これは事実上学力水準や家庭の文化資本が一定以上の富裕層を対象にした狭い範囲の競争にならざるを得ない。必然的に塾の主要客層はそうした富裕層の子女に限定されてくると考えられるからである。注目しておきたいと述べたのは、今回の市場規模の拡大がその兆しの一端とも思われるからである。
以上、長くなってしまったが、まとめておくと現在の塾業界は塾数において増加傾向、市場規模において復調基調、さらに客層において変質の方向にあると言って間違いあるまい。
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