塾長の会合でよくお聞きするのが、「月謝の滞納、どうしていますか?」という悩みの相談である。
「月謝」という言葉
ついつい慣れから月謝という言葉が口をついて出ることがあるが、私はできるだけこの言葉を使わないようにしている。月謝の「謝」は感謝の「謝」の意味であろう。塾の仕事が感謝に値するほどのものなのかどうか、最近は自信がない。
昔は、感謝の気持ちを込めて月謝は新札でという風潮もあった。今はもっとドライで、保護者は単に塾のサービスに対する対価としか思っていないのではないか。時々、帰るときに「ありがとうございました」と一礼をしてくれる小学生もいるが、こちらも面映ゆいし、中学生になると誰も言わなくなる。
そうした思いもあって、最近は「授業料」や「講習費」という語を使うことが多いが、この稿では月謝という古い言い方がついつい口をついて出てくるかもしれない。
授業料は月謝袋か
銀行引落しか
月謝の徴収方法としては、月謝袋による持参か、銀行引落しのどちらかを採用されている塾が多いのではなかろうか。
私の塾は、二つの方法の選択制にしていて、入塾時に月謝袋か銀行引落しを選んでいただいている。その比率は毎年ほぼ半々である。
月謝袋を選択されている方からお聞きした声としては、「金融機関の口座番号を塾に知らせるのは抵抗がある」が多い。口に出された方はいないが、「いつでもやめられるように、手続きがやや煩雑な引落しは避けたい」と思っておられる方もありそうだ。
逆に、銀行引落しを選ばれる方の声で圧倒的に多いのは、「途中で落としたり、とられたりする心配がない」である。
月謝袋をとられた例は開塾以来一件だけで、道中で落とした例は聞かないが、子どもがカバンに入れたまま出すのを忘れている例はちょくちょくある。
うちは、授業時間になると専任の事務職員は帰った後なので、授業の前後に月謝袋を授業担当の講師が受け取ることになる。塾の講師は根拠もなく自分を「武士階級」と思っていて、授業中に袋の中身を確認するといった「商人」のような真似はしたがらない。しかし、金額の入れ間違いは毎月のようにあるし、紙の袋だから小銭がカバンの中に落ちていることもよくある。袋を持参した子どもの目の前で中身を確認せざるを得ない。
塾としては、手間ひまのかからない銀行引落しのほうがありがたい。
月謝の滞納に関していうと、銀行引落しは通帳に証拠が残るので、月謝袋に比べると長期の滞納は少ないように思う。
滞納があったとき、
生徒に直接言うべきか
塾の会合では意見が分かれることが多い。
私は、自分が貧乏人の出で、学校で給食費を払っていないと皆の前で言われて冷たい汗をかいた経験がトラウマになっているので、他の塾生がいる場所では月謝については触れないようにしている。塾生が一人のときでも、「親に言っといて」と言うことはない。
塾の先生によっては、滞納中であることをはっきり言うほうが子どものためでもあるし、他の子にも「滞納は食い逃げと同じでよくないことだ。」と教えたいから、他の子の面前でも言うという人もいる。
しかし、言ったところで、友だちの前で恥をかかされた子が家に帰って、「カッコ悪いから早く払ってくれよ。」と親を責めるとは思えない。うちはこういう家だと諦めるか、親と同様、払えないものは仕方がないと開き直るかのどちらかであろう。
塾の歴史で最凶の滞納家庭
わが塾で最も理不尽であった滞納者の話を書いてみたい。
中三になって友人と二人で入塾してきた女子だった。入ってすぐの一カ月分だけは入金があった。それから二、三カ月音沙汰なし。催促の電話を入れてみた。
電話の相手、母親の第一声。「お宅は常識がなさ過ぎる!塾の月謝をそれだけ溜めたらすごい金額じゃないか。なぜ今まで請求しなかった。そんな金額が払えると思うのかぁ!」と、電話口で雄たけび(いや、雌たけび、か)。
私「えっ!そんな理屈が通るとお思いですか?」
「理屈もくそもあるか。なんという塾だ!」
でも、塾はやめない。請求したらしたで「さらに大きな金額になったじゃないか!」と罵倒し続け、払わないまま塾に通い続ける。
そして私が理事長や校長と大変懇意にさせてもらっている近くの学校へ、そんな事情は知るはずもなくご進学。
その後どうなったかは知らないし、知りたくもない。
夫から予告のあった滞納者
入塾面談にご両親と本人と、三人でお越しになったあるご家庭。父親は大企業にお勤め。奥様は私の自宅の近くでパート勤めの清楚な美人。子どもさんも賢こそうな女の子。
塾としてはよいお客様に見えた、最初は。
金額が張らない小学生の間は滞納はなかった。
中学校に進学して、個人懇談に遠方に単身赴任中のお父様が一人でお越しになった。帰り際、「実はお願いが。妻がお金であちこちに不義理を…。何かあったらすぐ私に直接電話してください。」と、名刺を渡して帰られた。
まさかあの奥様が、と思っていたら、直後からすぐに始まった、滞納が。請求したら一か月分を持参して、また数カ月滞納。
三年生の夏期講習、さすがに講習費だけは持ってきたお嬢さん。思わず顔を見た私に平然と「なに?払ったら文句ないやろ?」
母と娘は共犯者でした。
遠くで必死に働いているお父さん、可哀想…。
この子は、小学校の時は賢かったのに、どんどん成績を下げて、一番偏差値のかんばしくない高校へ進学した。
とことん追い込むと
おっしゃる塾も
他の塾の人にお話を聞くと、そういう輩は、後悔するようにとことん追い詰めるとおっしゃる方が多い。内容証明をうち、ポスティングの傍ら毎週のように請求書を投函し、何度も何度も催促の電話をかけ、最後は裁判までして、やっと取ってやったと高笑いされる方が多い。
私は「督促は労力の無駄」派
私ですか?
私は一切、ほうっておきます。催促の葉書一枚、ここ二十年ほどは出したことはない。
こういう悪質な確信的滞納者に少しでもエネルギーを使うのは完全に時間の無駄、というのが私の諦観。人生の時間はもっと有効なことに使って、毎日明るく楽しく過ごしたい。
「そんなぁ…」と疑問の目を向ける妻や社員には、「こういう人は私が掣肘を加えなくても、必ず神様が誰かを使って手ひどい制裁を加えてくださる。わざわざ自分の手を汚す必要はない。」と言っている。
おかげで、最近は滞納もゼロが続いていて、幸せな時間を過ごさせていただいている。
まず、平気で月謝を滞納するようなご家庭の子が入りにくい塾づくりをすることだ。
そして、それでも万一遭遇したら、神の配慮を信頼して一切相手にしないことだ。
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