丸ごとかかわらせてもらいます
いやなら他所へ
本原塾が、岡山市南区に開塾したのは13年前。住宅街を背に、道路一本隔てた向こう側は今も広い田畑が広がっている。南区全体の人口は約16万5千人だが、塾周辺はそれほど人口が密集する地域ではない。そんな地域で、小学生から高校生まで200人の生徒を集める塾長の本原康彦さんは、「ちょっと変わった先生」と形容されることが多い。
本原塾には入塾テストというものはない。その代わり保護者面接がある。もっとも、保護者が質問を受けるというより、本原さんが塾の方針を説明するのが目的。「学習面以外でもとことんお子さんにかかわらせてください」。それに保護者が了解すれば、成績に関係なく入塾できる。中には、大阪から土・日と冬期・夏期講習だけ通っていた生徒も。
本原さんは開塾前の講師経験も入れると、30年近く子どもとかかわってきた。その経験から、「子どもの成績と人間性は丸ごとかかわって伸ばす」が信条だ。成績だけ上げてくれればいいという保護者には「他所を探して」とキッパリ。
この強気で200人の生徒をコンスタントに、しかもほぼ100%の口コミで集めてきた。人を大切にするという理念を具現化すると、「ちょっと変わった」と言われる時代なのかもしれない。だが、これは褒め言葉だ。
本原さん以外に、講師は常勤が1人。残りは学生アルバイトだが、全員、本原さんの教え子。採用時、改めてする質問は、「ここで何をしたいですか」と「どう生きていきたいですか」。この二つの質問で職業観と人生観をみるそうだ。アルバイト講師といっても、生徒のやる気にかかわる大事な人材。本原さんは妥協しない。「だって、我々はモチベーターなんですから」と。
モチベーターといえば、SMIプログラム(自己啓発・潜在能力開発)を生かすオリンピック選手は多い。本原さんはある日、SMIトレーナーの旧友の話を聞き、プログラムが学習にも使えることを発見。早速、自己実現(アファーメーション)シートを導入した。
毎年、中3生はゴールデンウイークに志望校へ足を運ぶ。校門前でとびきりの笑顔で写真を撮ると、それを自己実現シートに貼って自分自身のコメントを添える。その時の決意や入学後の願望などを一人称で書く。シート1枚は毎日目にする場所に張り、もう1枚は肌身離さず持ち歩く。そうすることで目標を常に意識し、モチベーションの維持につなげているという。
●経営のポイント
@方針を保護者に正確に伝えることは退塾率抑制にも。「ちょっと変わった」と形容されることも口コミの力を倍増させる。
A生徒と年齢が近いアルバイト講師は、生徒にとって近い将来の見本。生きのいい講師の採用は、生徒のモチベーションに直接的に影響する。
ペーパーレスの時代に
再発見!プリント教材の強み
本原塾には地元6中学から生徒が通ってくるが、そのうち5中学のトップが本原塾の生徒で占められている。中学生の定期テスト対策に使う教材は吉備システム。生徒の間では「バーコード」と呼ばれている。
「なんで、そんなに点数が上がったん?」「そりゃバーコードやったもん」という具合だ。バーコードは問題プリントに印刷され、不正解の問題をバーコードリーダーで読み取れるようになっている、いわば、弱点発見・克服システムだ。
このプリントを本原さんは、定期テスト1週間前に1人当たり(5教科で)200〜300枚配る。中学生は約100人いるが、プリントは学校別、個人別対応のため、6中学6通りの問題作成に、時間や労力を取られることはない。
その代わり、1人当たり200枚のプリントを配るとなると、100人なら2万枚の紙が必要だ。だが、この「紙に自分の手で書いて問題を解く」ということが、見直されるときだと本原さんはいう。
ハイテク教材がどんなに勢いを増そうと、実際の試験は鉛筆で手書きであることに変わりない。それに、パソコンやハイテク機器のない場所、例えば通学途中の電車の中や学校の昼休みといった場面で使える。わずかな時間を利用し、たとえ1枚でもプリントに向かおうとする習慣は、生徒のモチベーションアップにもつながる。いつでも、どこでも学習できるのが、プリント教材の強みというわけだ。
吉備システムとは、本原さんが塾講師として勤めていたころからの長い付き合い。当時は反復学習の効果に納得していたが、最近になって、プリント学習の効用を再発見した。
そして、本原さんは一言付け加えた。「システムを導入すれば即、生徒増に結びつくわけじゃない。吉備システムの良さは、使い方を(セミナーなどで)考えさせてくれるところ」と。
●指導のポイント
@先発教材の改良点や特性を再チェックして、自塾に応じた使い方を見つける。
Aパソコン教材、プリント教材のそれぞれの利点が生きる使い方を生徒に提案する。
気付かせる
授業としてのイベント
生徒とのつながりを大切にする本原塾では、イベントも積極的に行っている。企画するのは学生アルバイトの面々だ。夏期、冬期講習はもとより、昨年はカナダにも体験学習に行った。無人島でのキャンプやカヌーで自然を満喫したという。
島に渡る前日、12人の参加者(小6〜高1)は、手分けして食料や日用品を買いだすことになった。買い物に大人は同行するが、口出しはせず、必要なものと量、それに予算を伝えて、生徒に任せた。どうなることかと思われたが、英語で意思を伝えるのに四苦八苦しながらも、必要なものを生徒たちはそろえてきた。
他にも自分で解決しなければならない場面に出くわすたび、生徒たちは片言の英語と単語と身振りを駆使してコミュニケーションを取ろうとした。そして、帰国後、初めての英語のテストで、生徒たちは軒並み成績を上げてきたのだ。本原さんが聞くと、「英語は必要だと実感した」と生徒は答えたという。「私はこのとき『旅育』という言葉が頭に浮かびました」と、またひとつ、生徒が伸びるきっかけを発見した本原さんだ。
学力はそれだけを伸ばそうとしても伸びにくい。だが、他に2つの目標を同時に持って、安定したトライアングルを生徒の意識上につくる。すると、相乗効果を発揮して3つの柱がバランスよく伸びるというのが本原さんの考え。学力アップ、人間力向上、そしてキャリアアップ(将来を見据えた目標づくり)が結びつく教育をこれからも続けたいという。
イベントは、そういう意味で、本原塾に欠かすことのできない学習チャンスとなっている。 |