教員は親代わり
会話から強い信頼関係へ
「本来、生徒は教えられる側ですが、通信制の生徒は年齢の幅があり、教える側にも回れる。それが強みだと思います」。そう語るのは明秀学園日立高等学校通信制課程の中原昭校長だ。中原校長は教頭時代、30代の生徒がバーベキューで先生代わりとなって皆をリードしていたことをよく覚えている。教える側にもなれることが、通信制の素晴らしい点だと感じている。
「おはよう」。生徒がキャンパスに入ってくると、先生たちはいつも笑顔で迎える。「おかえり」「待ってたよ」そんなメッセージがこの「おはよう」に込められている。
今年、同校の全日制から通信制課程に赴任した河野邦弘先生は「こちらに来て感じたのが、生徒と教員との会話の多さですね。私も生徒のおしゃべりの場に積極的に加わるようにしています」
人間関係がうまくいかない子どもは自分の殻に閉じこもってしまう。その殻を破るきっかけとなるのが、このさりげない会話だ。
転入生のある女子生徒とは最初は雑談ばかりだった。ある時ポツリと「私、バカだから勉強ができない」。「そんなことはないよ。できるよ」という河野先生との会話がきっかけで、毎日英語を勉強するようになった。今では大学進学を目指して、自分から勉強している。
今春入学した男子生徒は、先生とトラブルもあり、中学時代は全く勉強せずに荒れた生活を送っていた。ところが、同校の先生たちと出会ったことで、学校は楽しいところに一変。バイトと学校の両立で疲れることもあるが、介護の仕事を目指して勉強中だ。
この春、優秀な成績で看護学校に進学した女子生徒。今でも学校が終わった後にやって来てはここで勉強をしている。
「夜になってガチャっと扉が開いたかと思うと、『ただいま』と帰ってくる(小和瀬先生)」卒業生は何人もいる。すべてアポなしだが、突然ふらりとやって来る生徒を教員たちは自然体で受け止める。勉強はもちろん、恋愛や結婚の相談まで、教員はまさに親代わりの存在となっている。
やんちゃな生徒が
頑な心を解きほぐす
同校のスローガンは「スマイル&スマイル」。小和瀬克夫先生は「生徒一人ひとりを笑顔にしようと思ったら、生徒が抱える心根の部分まで考えて、声をかける必要があります。とても時間がかかりますが、通信制ならそれができます。そうして笑顔になった生徒は人に対して、ものすごく優しくなれるんですよ」と話す。
昨年卒業した男子生徒は、中学時代、教員と一言も話をしたことがなかった。同校でも下を向いたまま。ところが、やんちゃと思える生徒が彼の隣に座り「おはよう」「昨日のテレビ見た?」と話しかけ続けた。教員はハラハラしながら見守っていたが、ある時、下を向いたまま「ククッ」と笑いが漏れた。それ以来、元気な笑顔が見られるようになった。
「特別扱いをせずに、同じ人間として接していたことが嬉しかったのでしょう。どの生徒も何かしら傷ついた経験があり、人の苦しみを敏感に感じます。だから、お互いの優しさを感じ取れるのだと思います」と小和瀬先生。教員たちの温かさに安心し、生徒は自分らしさや優しさを取り戻す。そして、次に不安を持って入ってきた新入生にその優しさを還元する。生徒が生徒を変える優しさの循環がこの学校にある。
学校行事で自立心を養う
保護者の心のケアも
同校では学校行事も盛んだ。沖縄旅行や民泊体験をするトライアルツアー、スポーツ大会など盛りだくさんの行事が用意されている。春の遠足のバーベキューでは、野菜切りや調理、後片付けまで全部生徒が行った。自分で考えながら行動することで、自信を積み重ねていってほしい狙いがある。
部活動も活発で、バスケットボール部や卓球部は全国大会に出場。しかし、練習環境は決して恵まれてはいない。練習場探しや練習試合の交渉は生徒自身が行っている。
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一方、オープンキャンパスやスマイルデーなどのイベントの企画はすべて生徒が考える。スマイルデーは毎年3月、入学前の不安を解消しようと、同じ経験を持つ先輩たちが「スマイルサポーター」となり、勉強を教えたり相談に乗ったりしている。教えることで、人間関係のトレーニングとなるメリットもある。
同校では保護者に向けてのサポートも行っている。外部の保護者も参加可能な悩み相談会「たんぽぽの会」を月1回開催。親同士が悩みを吐き出し、互いに話をすることで、親自身も変わっていくという。「『自殺まで考えるほど悩んでいたのに、子どもはいま楽しく通っている。あの苦しかった日々が嘘みたい』というお母さんの声も多いです」と小和瀬先生は嬉しそうに話す。
宇都宮に待望の
キャンパスがオープン
この春、念願の宇都宮キャンパスが開校した同校。現在10名ほどの生徒が通っている。キャンパス長の礒嵜康孝先生は「授業が終わっても帰りたくないと思えるようなそんな温かいキャンパスにしたいと考えています」と話す。
通信制でも常時通学するタイプの場合、年間の学費が数十万から100万円近くになる学校も多い。しかし、同校は1年あたりの学費は約15万円。経済的な理由から私立が難しい生徒に対して配慮している。
「その分の学費は卒業後の進路に使ってほしい」と礒嵜先生。小和瀬先生も「本校はハード面では見劣りすることがあるかもしれません。しかしその分、一人ひとり丁寧に接しています」と話す。
すべての生徒が笑顔になるために、教員一丸となって日々奮闘している。
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